【上級者向け】英語の名作・古典小説を読みたい人は「精読」から始めよ

※記事内に広告が含まれています。

スポンサーリンク



The following two tabs change content below.

macha

翻訳家(英日)。英検1級/TOEIC満点/言語学修士。「極力勉強せず、楽しみながら英語力を自然に上げる」がモットー。英語育児(8歳)も実践中です。

当ブログでは、これまで英語のリーディング力アップの方法やおすすめの洋書などをいろいろ紹介してきました。

今回はいっきにレベルを上げて、あこがれの文学作品(古典や純文学)を英語で読むための学習方法を紹介します。

ディケンズでもオースティンでもヘミングウェイでも、いわゆる「名作」と呼ばれる作品の英語はけっして簡単ではありません。TOEIC満点レベルやふだん英語を読み慣れている方でも、かなり手こずると思います。

筆者も英文科生だった若かりし頃、英米の古典小説のリーディング課題に悪戦苦闘したのを覚えています。そんな自己の反省を踏まえ、「今だったらこんなふうに勉強する!」という方法についてまとめてみました。

ぜひご笑覧ください!

言葉は時代とともに変化する

英語学習の話に入る前に、まず「名作」と呼ばれる小説ではどのような英語が使われているのか少し考えてみましょう。

といっても、英語のテキストを見てもいまいちピンと来ないかもしれませんので、ここでは日本の小説を例に考えてみます。

下記の3つはいずれも近代日本文学を代表する作品の冒頭部分です。

親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。小使に負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼をして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴があるかと云ったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。
(夏目漱石『坊っちゃん』、1906年発表)

 禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。長さは五六寸あって上唇の上から顋の下まで下っている。形は元も先も同じように太い。云わば細長い腸詰めのような物が、ぶらりと顔のまん中からぶら下っているのである。
五十歳を越えた内供は、沙弥の昔から、内道場供奉の職に陞った今日まで、内心では始終この鼻を苦に病んで来た。勿論表面では、今でもさほど気にならないような顔をしてすましている。これは専念に当来の浄土を渇仰すべき僧侶の身で、鼻の心配をするのが悪いと思ったからばかりではない。それよりむしろ、自分で鼻を気にしていると云う事を、人に知られるのが嫌だったからである。内供は日常の談話の中に、鼻と云う語が出て来るのを何よりも惧れていた。
(芥川龍之介『鼻』、1916年発表)

「こいさん、頼むわ。―――」
鏡の中で、廊下からうしろへ這入って来た妙子を見ると、自分で襟を塗りかけていた刷毛を渡して、其方は見ずに、眼の前に映っている長襦袢姿の、抜き衣紋の顔を他人の顔のように見据えながら、
「雪子ちゃん下で何してる」
と、幸子はきいた。
「悦ちゃんのピアノ見たげてるらしい」
―――なるほど、階下で練習曲の音がしているのは、雪子が先に身支度をしてしまったところで悦子に掴まって、稽古を見てやっているのであろう。悦子は母が外出する時でも雪子さえ家にいてくれれば大人しく留守番をする児であるのに、今日は母と雪子と妙子と、三人が揃って出かけると云うので少し機嫌が悪いのであるが、二時に始まる演奏会が済みさえしたら雪子だけ一と足先に、夕飯までには帰って来て上げると云うことでどうやら納得はしているのであった。
(谷崎 潤一郎『細雪』、1943年発表)

さすが文豪というだけあって見事な文章ですが、同時に、現在ではあまり使われていない言葉や言い回し、表現がところどころに使われていることにも気づくと思います。

また、文体にもそれぞれに個性が感じられます。芥川龍之介は歯切れの良い短文が多い(ヘミングウェイ的)ですが、谷崎潤一郎は「悦子は母が外出する時でも雪子さえ家にいてくれれば大人しく留守番をする児であるのに、今日は母と雪子と妙子と、三人が揃って出かけると云うので少し機嫌が悪いのであるが、二時に始まる演奏会が済みさえしたら雪子だけ一と足先に、夕飯までには帰って来て上げると云うことでどうやら納得はしているのであった。」というような何行にもわたる長文も多用するのが特徴です(ディケンズ的)。

これらの文章を日本語を学んでいる外国人が読むものと考えてみて下さい。

「そんな日本語はもう使わないよ~」と言いたくなるかもしれません。たしかに現代のビジネスや日常生活では知らなくてもまったく困らないでしょう。古典や純文学を読むとは、そういった実用性云々を超越したレベルの話なのです。

夏目漱石、芥川龍之介、谷崎潤一郎の3人は、英語圏でいえばサマセット・モームやE.M.フォスター、ジェイムズ・ジョイス、ヴァージニア・ウルフなどとほぼ同年代の作家です。言語や社会的文脈が異なるので単純比較はできませんが、英語ネイティブにとっての古典は、私たちがこういった文語的でどこか懐かしい、非日常の特別な文章を読む感覚に近いということは言えると思います。

文学作品の英語難易度

もうお気づきかもしれません。英語のリーディング素材といえば、ビジネス書から小説、新聞までいろいろありますが、文学作品はあらゆる読み物の中で群を抜いて難易度が高いです。

これは筆者の考えるリーディング難易度表です。

※あくまでざっくりした概念図です。実際の難易度は作品によって異なります。

すでに見たとおり、文学作品には日常生活でめったに使わない単語が出てくるだけでなく、作家独自の世界観に即した凝った表現やわかりづらい比喩表現、複雑怪奇に入り組んだ構文などもたくさん使われたりします。

(さらに作家によってはストーリー自体も難解だったりするのですが、それは英語とは別の話なので、ここではおいておきます)

なので、いわゆる古典と呼ばれるような作品に挑むには、その前段階として、英字新聞やベストセラー小説などを辞書なしで読めるレベルのリーディング力が最低限必要です。

まだそのレベルに至っていない人は、文学作品にこだわらず、自分が無理なく楽しめるテキストを「多読」して、リーディングの力をじっくり伸ばしていきましょう。

純文学を読むために必要な英語スキル

文学作品は一般に読み飛ばしができないので、一文一文を丁寧に読むスキルが必要です。

そのためにお勧めしたいのが、精読(英文解釈)です。

一般に英語学習は「精読から多読へ」と捉えられているようですが、実は、上級者こそ精読のスキルが必要です。

1文が5行以上続くような長ったらしい文の構造を瞬時に理解できるか、言葉に込められた細かいニュアンスを正確に把握できるか、など、純文学のテキストを読むためには非常にハイレベルな読解力が求められます。

これまでテキストをなんとなく感覚で読んできたというタドキスト(多読愛好者)は、ぜひこの機会に「じっくり丁寧に読む」ことを意識してみてください。

macha
精読は翻訳者にも必要なスキルだよ!

「深読み」力の身につけ方

文学作品を読む英語力を身につけるには、実際に文学のテキストを丁寧に読んでいくしかありません。

大学の英文学科でも、1冊の小説を半年~1年間かけて辞書を引きながら熟読するような講読の授業はかならずあると思います(筆者の時代にはありました)。

ただし、一人で辞書を引きながら文学作品と格闘するのは効率が悪いので、なんらかの手引きが必要です。

幸いなことに、最近では英米文学の専門家が書かれた素晴らしい英文解釈の本がいくつか出ていますので、それを利用するのがお勧めです。

おすすめの英文読解テキスト(レベル別)

では、文学作品を読むのに必要な英文解釈力を徹底的に鍛えられる書籍をレベル別に4冊紹介します。

※ 英文解釈系の本はいろいろありますが、ここでは文学(フィクション)にターゲットを絞り、またある程度の英文量(数百~数千ワード)があるものを選びました。

英語レベルについて
下記のレベルは、純文学を原書で読みたい英語上級者を想定しての内容なので、ここでいう「初級」は「英語学習の初級」ではなく、「純文学読解の初級」という意味です。また同じ本でも収録作品によってレベル感に多少のばらつきがあることをご了承ください。

初級編

1.東大名誉教授と名作・モームの『赤毛』を読む 英文精読術 Red


英文精読の醍醐味を味わえる入門書。日本におけるモーム研究の第一人者である著者が、短編「Red(赤毛)」を例に、英語小説の読み方をじっくり丁寧に解説。モームの英語は平易でわかりやすく、またストーリー自体も面白いので、英文学の初心者にぴったり。「試訳(逐語訳)」「決定訳」の2つの翻訳を同じページに掲載している点もユニークです。

著者の行方昭夫先生はほかにも精読関連の本をいろいろ出されていて、『東大名誉教授と原文で楽しむ 英文読書術 イギリスエッセイ編』などもお勧めです。

中級編

2.英文学教授が教えたがる名作の英語


オースティンやヘミングウェイ、ポー、村上春樹(の英訳)など、文豪による7作品の抜粋を収録。学習者が理解につまづきそうなポイントを拾って、丁寧な英文解釈(文法解説)を施しています。大学の英米文学講義さながら、作家や作品、時代状況などの解説も充実しており、単なる英語学習書の範疇を超え、英米文学の豊かな世界観を垣間見れる素晴らしい入門書となっています。

3.越前敏弥の英文解釈講義: 『クリスマス・キャロル』を精読して上級をめざす


ダン・ブラウン作品などの翻訳で知られる著者が、文豪ディケンズの中編小説『クリスマス・キャロル』を通して読解テクニックを伝授。ディケンズの小説には古い言い回しや複雑な文章構造がよく使われるのですが、本書ではそうした手ごわい英文の読み方を懇切丁寧に解説しています。イギリス人ネイティブによる英文の音声ダウンロード付きなのも嬉しいところ。

著者の越前敏弥先生は翻訳の入門書もいろいろ出されていて、『越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文』は学習者必読の書です。

上級編

4.英文精読教室 シリーズ(第1~6巻)


米文学研究者で翻訳家としても知られる柴田元幸先生による英文対訳の新シリーズ。「性差」「ユーモア」「口語」などテーマ別に全6巻あり、各書にはいろいろな有名作家の短編5~8作品が収められています。現代作家の作品も多く、比較的読みやすい作品も多いです(レベル表記あり)。左ページに英語(原文)、右ページに日本語(対訳)、下に注釈というわかりやすいレイアウトは個人的に好み。ただし詳細な構文解釈の説明などは一切ないので、ある程度精読に慣れている学習者向けです。

まとめ

いかがだったでしょうか。

英米文学作品の入門テキストとしては、かつて南雲堂という出版社から「現代作家シリーズ」という対訳書が100冊以上出ていたのですが、残念ながらほとんどが絶版となってしまいました。

macha
僕も学生時代によく読んだよ

以来、せっかく英語のビジネス書やベストセラー小説をなんとか読めるようになっても、その一段階上の古典文学作品や現代文学を読むための英語力を身につけるには自力で頑張るしかない…、という状態でした。

ところがここ数年で、喜ばしいことに、また文学作品の英文解釈本が次々に出版されるようになりました(とってもまだわずかですが)。

しかも解説が丁寧な本が多く、文芸英語を学ぶハードルもずいぶん下がってきました。

今回紹介したテキストをしっかりやりこめば、大学の英文科で4年間かけて学ぶ英文解釈力に匹敵するスキルが身につくと思います(もちろん英文科では英文解釈だけを学ぶわけではありませんが)。

英語リーディング力をさらに高めたい上級者の方は、この機会にぜひ文学作品にチャレンジしてみましょう。
(そしてこのジャンルの本が再び絶版にならないよう一緒に応援してください…)

Good luck!

スポンサーリンク