「ヘミングウェイの英語は簡単」って本当? 例文付きで解説するよ

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macha

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英語学習アドバイザー。大学で英米文学専攻、大学院で言語学修士。英語教育の現場に携わり、現在は翻訳関係の仕事をしています。英検1級、TOEIC満点。
ヘミングウェイの英語は「ペーパーバック初心者向き」とされています。ネット上では「高校生レベル」なんて声もあるくらい。でもノーベル文学賞を受賞したアメリカを代表する文豪の英語が簡単だなんて、本当でしょうか? 入門書とされ、日本でも人気の高い『老人と海(The Old Man and the Sea)』を題材に、ヘミングウェイの英語の難易度を検証してみました。

ヘミングウェイの文章の特徴

簡単かどうかの前に、まずヘミングウェイの文体について見ておきましょう。

ヘミングウェイの文体は「visible, audible, tangible」だと言われています。
つまり、「見る」「聞こえる」「触れる」ものを中心に表現する、ということです。
複雑な心の内ではなく、あくまで客観的に観察できる事柄を「写実的」に表現するスタイルだとも言えます。

ヘミングウェイがもともと新聞記者であったことから、ジャーナリストのように事実をたんたんと書き連ねる文体になった、という説もあります。

ヘミングウェイの文体については、英語のサイトにこんな説明もありました(SparkNotesより)。

Hemingway is known for his economic prose — his writing is minimalist and sparse, with few adverbs or adjectives. He includes only essential information, often omitting background information, transitions, and dialogue tags such as “he said” or “she said. He often uses pronouns without clear antecedents, such as using the word it without clarifying what it refers to. Hemingway applies the “iceberg principle” to his stories: only the tip of the story is visible on the page, while the rest is left underwater—unsaid.

ポイントを抜き出すと、

・ミニマリスト(最小限)な文体
・副詞や形容詞はほとんど使わない
・背景説明が少なく、重要な情報しか盛り込まない(「彼は言った」も省略されることが多い)
・代名詞を多用する(が、何を指しているのかわからないことも)
・「氷山(iceberg)」が水面より上から目に見えないように、作家が文字を通して表現できるのは真実の一部のみという考え方

これだけ読むと、ヘミングウェイの英語はとっつきやすそうに聞こえますが…。

ヘミングウェイらしくない文章?

たしかに、ミニマリストな文体は一見すると、簡単に読めそうが気がします。

でも次の文章はどうでしょうか。
『老人と海』より、3つほど文章を紹介します。

文章が長い…

He took all his pain and what was left of his strength and his long gone pride and he put it against the fish’s agony and the fish came over onto his side and swam gently on his side, his bill almost touching the planking of the skiff and started to pass the boat, long, deep, wide, silver and barred with purple and interminable in the water.

小説のハイライトの一文です。
長いので訳しませんが、これで1文です。筆者の手元にあるペーパーバックでは7行もあります。
どちらかといえば短い文章が多いヘミングウェイですが、こんな文章も書くんですね。
もちろん、これは意図的にやっているようです。
短い文章の中に突然このようにものすごく長い文章を入れることで、文章の流れに強弱がつくからです。

説明が長い…

The tuna, the fishermen called all the fish of that species tuna and only distinguished among them by their proper names when they came to sell them or to trade them for baits, were down again.

一読してすぐに意味がわかったでしょうか?
骨格となる文は、太字で示した「The tuna were down again(ツナはなりをひそめていた)」だけです。
残りの長い文は、tunaを説明するための挿入句です。
こんなふうにメインの文章より挿入文の方が長い、英語学習者泣かせの文章も書くのです。

前置きが長い…

When the old man had gaffed her and clubbed her, holding the rapier bill with its sandpaper edge and dubbing her across the top of her head until her colour turned to a colour almost like the backing of mirrors, and then, with the boy’s aid, hoisted her aboard, the male fish had stayed by the side of the boat.

これも長いので訳しませんが、骨格となるのは、最後の太字部分「the male fish had stayed by the side of the boat」とです。
それ以外はすべて、when節に入っています。
when節がやたら長いですが、それだけ長い間、ずっとオスの魚が船のそばを離れなかったという時間的長さが強調されています。
描写のうまさが、さすがヘミングウェイですね。

ヘミングウェイの英語のレベルは?

ここに挙げたのは、ごく一例です。

ほかにも『老人と海』には英語学習者にとって、難易度の高い文章がたくさん出てきます。
(詳しくは、こちらの記事をご覧ください。)

また『老人と海』の場合は、海、船、魚関連の単語がたくさん出てきますので、その意味でも読むのに苦労します。
(『老人と海』の重要単語を解説しました!)

ヘミングウェイは初心者向きとは言っても、小説である以上、それなりの読解力がないと読めません。
TOEICが900点くらいあっても、簡単には読めないでしょう。
『老人と海』が「ペーパーバック入門者向き」というのは、正しくありません。
手を出していいのは、新聞や雑誌などがすらすら読めるようになってから、だと思います。

もちろん、ヘミングウェイよりも難しい小説はたくさんあります。
よく比較される同時代の文豪ウィリアム・フォークナーなどは、ヘミングウェイなんて比較にならないくらい(英語も中身も)難しいです。
でも、それはあくまで英文学を本格的に学びたい人向けの話です。

ちなみに、ヘミングウェイの短編小説の中には、『老人と海』よりもはるかに難易度が低いものがいくつかあります。(機会があれば紹介したいと思います)
筆者の印象だと、『老人と海』はヘミングウェイの中でも、「中くらい」の難易度という感じでしょうか。

まとめ

・ヘミングウェイの文体はミニマリスト的
・ヘミングウェイの小説を読むにはそれなりの英語力が必要
・「最初のペーパーバック」にヘミングウェイを選んではいけない

以上、ヘミングウェイの英語は「言われているほど簡単ではない」という話でした。

それでも『老人と海』を読みたいという猛者は、こちらの記事をご参考に。